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2008年04月01日

■中国サッカー協会幹部の発言に今後の日中関係を憂う

すいません、今更ですが、この前の日中戦に関してのエントリーです。


戦史好きなサッカーヲタクとしては無視できないニュースが
サンスポに載っていたのを↓最近知りました。

cyuugokujukei0.jpg
サンスポ:中国協会幹部“反日”あおる…試合前に重慶大爆撃語り鼓舞

中国紙・タイタンが21日、東アジア選手権男子の日中戦前に行われた会議で、東アジア連盟の謝亜龍会長(中国協会副会長)が旧日本軍による重慶大爆撃などを持ち出して選手を鼓舞していたことを報じた。

 重慶出身の謝氏は会議で戦争中、重慶がどのように爆撃されたか、重慶市民がいかに「小日本」(日本人の蔑称)に蹂躙されたかを切々と話し、「重慶では絶対に日本チームに負けるな」とくぎを刺したという。この話が30分近くに及び、会場到着も遅れた。

 ある選手は同紙に「試合とあまり関係ない抗日戦争の話を繰り返した。プレッシャーがかかった。サッカーと関係のない話を多くされると、集中力が欠けてしまう」と指摘。「(協会幹部は)あまりしゃべらない方がよい」と切り捨てた。


いまだに重慶爆撃で選手を煽って反則三昧って…
もういい加減勘弁してくれ〜


そもそも大日本帝国陸軍は重慶を爆撃したくて爆撃したわけではないのだ。

まず、当時の陸軍にはマトモな爆撃機は存在しない。

重慶爆撃の頃、93式重爆は性能が時代についていけずに生産中止、
それに代わる97式重爆はまだ正式採用されたばかりで実験中
96式中攻を使う手はあったが、96中攻は、そもそも海軍機で爆撃は本来の用途ではなく、
対空母用に設計された雷撃機(魚雷で攻撃する飛行機)だ。

爆撃機が無いから、しかたなく、慌ててイタリアからBR-20を輸入して、
イタリアだからイ式爆撃機なんて名前をつけて使っていたのだが、
これが実にイタリア製品らしく、機体ごとに性能がバラバラで編隊組むのも苦労した
なんて話が残っている。

それと、中国サッカー協会の幹部は死んでも認めないだろうが
そもそも重慶爆撃まで至った日華事変は中国側から仕掛けた騙し撃ちから始まっている。

以前、こちらの→エントリーで詳しく書いたけど

日中戦争は、日本から仕掛けた侵略戦争ではありません。
日中戦争は中国国民党軍による
日本軍上海特別陸戦隊に対する一方的な攻撃(第二次上海事件)から始まってます。

重慶爆撃に至るまでの日中戦争は、今風に言えばテロ掃討戦という表現が妥当でしょう。


この、中国が必死に誤魔化そうとしている、
日中戦争が中国国民党軍からの卑劣な騙し打ちから始まった件では
面白い証拠をNHKが放送していた。

cyuugokujukei1.jpg

↑この画像はドイツのフライブルク軍事資料館に眠っていた図で、
中国国民党、蒋介石の軍事顧問だったドイツ人ファルケンハウゼン将軍が
南京〜上海の間にいくつも作らせたトーチカや塹壕などの軍事施設、
俗に言う「ゼークト・ライン」の完成状況を示す極秘の内部資料だ。

この画像は↓のブログから勝手にコピーさせていただいた。

cyuugokujukei2.jpg
BLOG:良い子は閲覧禁止★ 「ゼークト・ライン」の謎

↑の資料によると1937年1月の段階、
日中戦争が起こる7ヶ月前の段階で、中国は軍事協定を破るだけ破って
中立地帯に日本軍と決戦を迎える要塞線を入念に設置している。

ここに日本軍を誘き寄せて殲滅し、他の軍閥を押さえ中国の覇権を奪取するのが
中国国民党と蒋介石の狙いであり、
そのために盧溝橋で日本軍陣地に発砲し、
通州で日本人慰留民を多数惨殺し、挑発行動をくりかえしていたのだろう。

結果は中国軍が惨敗してしまったが、
この時の中国軍には日本の弱体化を狙う欧米列強からの支援があり

チェコ式機関銃
ドイツ1号戦車
ソ連のイ-15

などの最新鋭の兵器が揃っていたし、
ドイツ軍事顧問によるドイツ式の要塞線、トーチカと塹壕があった。
第一次世界大戦においても、英仏はドイツの要塞線をほとんど突破できていない。
そして日本と中国の兵力差は6〜7倍。
当時の常識から鑑みれば”中国の勝利は揺るがない”と中国国民党上層部は判断したのだろう。
正直、悪くない作戦だったと思う。


しかし、中国軍は大敗北を喫してしまい、南京へ敗走、
そこでも中国は敗れて、さらに奥地へ逃げる中国軍、それを追う日本軍という展開で
日中戦争は推移していく。

ここからの戦争は現代風に言えば”テロ掃討戦”という名が相応しいだろう。
イラクでアメリカがやっている作戦の倍ぐらいは説得力がある気がする。

まあ、それでも中国は

「日本軍が中国占領と中国人の民族浄化を企んで攻撃してきたアルよ〜」

と蒋介石の奥さんの宋美齢なんかを各国に派遣して
日本の悪口と嘘八百を世界中に宣伝して廻ってましたけどね。

で、当時の中国軍がどれだけテロ集団と変わらなかったかと言うと、

蒋介石の国民党軍は1949年に共産党に負け台湾に追われるのだが、
台湾では現地台湾人を2万人を虐殺し(2・28事件)、
その後、世界記録となる30年にわたる戒厳令と恐怖政治を行った連中だ。
また、共産党との戦闘中には毛沢東の前妻を拷問の末に処刑し、
無残な姿を晒し者にしたまま市内をパレードするような軍隊だ。

で、共産党軍もこれまた酷くて、匪賊とやっている事はかわらないから
中国人にも共匪と忌み嫌われていたぐらいで
軍資金を得るために外国人の誘拐が得意技。
とても近代的な軍隊とは言えないような連中です。

さらに、
百団大戦で日本軍に大きな損害を与えた、
敬意を払うに値する数少ない中国軍人の一人、彭徳懐が回顧しているんだけど、
彭徳懐が湘軍に居た頃、軍隊と地元の名士達とのパーティーで
将校達に12〜3歳の少女達があてがわれ、それぞれ御楽しみの夜を過ごした。
しかし、将校に抱かれるのを拒んだ少女も居て、外に連れ出されてボコボコに殴られていたのを
彭徳懐が金を支払って丸く治め、少女を逃がしてやっていたそうだ。

世界史の教科書を読んだだけだと
湘軍は腐敗した満州族にかわり中国を外夷から守る為に立ち上がった
漢族のエリート集団のような錯覚を覚えるが、内情は酷いもんだ。

当時の欧米列強は日本の弱体化を狙って、
こんな連中に武器や資金援助を積極的に行っていたわけで、
アメリカのブッシュ大統領はイランを口汚くテロ支援国家だと罵るが
当時の日本からすれば、米英のほうがよっぽど性質の悪いテロ支援国家だわな。

ああ、話が逸れ過ぎてしまったので、重慶爆撃に話を戻すと、

なんでそもそも重慶は陸戦にならずに爆撃になったかというと
とにかく重慶は遠すぎるという点があるが、当時の日本軍なら走破できない距離ではない。
距離だけで言ったら、その後に行われた大陸打通作戦で帝国陸軍が走破した距離のほうが長いし
まあ、あまり参考にはならないがインパール作戦よりはよっぽど補給も効く…
それに帝国陸軍より装備は劣る中国共産党軍が最終的には重慶を陸路で陥している。

では、なぜ南京・武漢周辺では陸戦をしたのに重慶は爆撃になったかというと
その大きな理由のひとつに、
中国国民党軍が日本軍が追ってこれないように、下流住民の被害を考えず黄河を決壊させ洪水によって日本軍の進撃を止めるいう信じられない暴挙があったのだ

この無茶苦茶な作戦と、その被害は↓のサイトに詳しい

cyuugokujukei4.jpg
日華事変と山西省:蒋介石の“以水代兵”―黄河決壊事件の人的被害http://shanxi.nekoyamada.com/archives/000189.html


この中国国民党の蒋介石による人為的な洪水で罪の無い中国人32万人が死に
60万人が住む土地を失ったという。
なお、中国共産党の発表によると、洪水による罹災者は最終的には1000万人も及ぶと言う。

そして、この洪水で濁流に飲まれる中国人農民を日本軍が救っている間に
国民党は重慶まで逃げのびた。

中国農民を日本軍が救っていたとは、庭かに信じられないかもしれませんが、
当時の日本軍は人心掌握の為に困っている中国人をけっこう助けてもいます。

最近、こういう秘められた歴史も勇気ある中国人作家が発表しているようです。

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LIVEDOORニュース:
日本軍は6万の軍隊で、なぜ30万の中国軍を全滅できたのか=1942年の内情

なぜ河南省の人は絶滅しなかったのか。それは日本軍が侵略してたきたからだ。「1943年、かれらは皇軍の軍糧を放出し、わが故郷の人々の命を救ったのだ。それを食べて元気になった」と語る。そこには日本軍の動機は、戦略的な意図、政治的な陰謀があった。庶民の心を買収したのだ。

 河南省の人たちは、「生き延びるためには、乳を与えてくれるものを母とみなした」と語る。侵略者の日本軍を支持し、猟銃をとり、青竜刀や鉄の鍬(くわ)で、中国軍に襲い掛かったのだ。1944年には、日本軍は6万の兵士で、わずか3週間、かれらの目標を占領した。かくして30万の中国軍は全滅した。


しかし、中国軍は
日本軍が被災して困っている中国人農民を助けているウチに
中国奥地まで逃げるという言語道断な事をやっておきながら
これも毎回毎回の事ですが、対外的には

「日本軍が堤防を壊し中国人を苦しめているアルよ〜〜〜」

と世界中に宣伝して廻っていました。

日本軍に水路を使って重慶まで追ってきて欲しくないが為に、
何万もの中国人農民を犠牲にしておきながらね…


そんなわけで、しかたなく重慶は爆撃するしか手がなくなったんですよ。


日本軍も南京虐殺や張作霖爆殺など様々な悪行をやってしまってましたが、

それにしたって、

あらゆる条約を破って騙まし討ちで自分達から戦争を仕掛け
準備万端整えていたのにボロ負けするや
農民達を犠牲にしても洪水起して奥地に逃げ
日本が戦争しかけてきたとか、日本が堤防壊したとか、
嘘八百を世界中に宣伝して周り
しょうがなく爆撃されるや、いつまでも執拗に日本を怨み
70年たってオリンピックも間近に迫っているってのに、
ホストの立場のサッカー協会幹部が
自分達の悪行三昧は一切考慮する事なく、

「爆撃の恨みを忘れるな」

と国際試合の前に選手を煽りたて
試合で選手は反則三昧。

もうツッコミどころが多過ぎて卒倒しそうです〜


誰か教えてください、
日中友好ってなんなんでしょうね??

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コメント

UGの歴史講釈はガチだな。勉強になる。

Posted by: at 2008年04月02日 15:41

>日本軍も南京虐殺や

先生、異議ありです!

Posted by: at 2008年04月02日 19:55

なぜこれを東アジア選手権直後に書き上げぬか!
貴様、自分の影響力を考えろ!
中国で死んでいった英霊達に申し訳ないと思わないのか!

Posted by: at 2008年04月02日 22:28

先生、南京虐殺の方がもっと有り得ないと思うんですが・・・

Posted by: at 2008年04月03日 08:29

それより中国では貧乳はどういう位置づけなんだ

Posted by: at 2008年04月03日 23:25

まあ、中国を無視して今世紀を生きぬくことは不可能なんで、うまくやってくしかないんでしょうね。抗議すべきとことはちゃんと抗議して、謝るとこはグダグダ言わないで謝る。お互いさまな部分も感じます。

Posted by: m at 2008年04月04日 00:47

これを4月1日に書きあげるUGの意図が分からん

Posted by: at 2008年04月04日 03:41

でもさ、ここのコメンテーターがいってることは分かんないわけじゃないけど、「兵隊万葉集」に日本兵が書いているように南京の虐殺は確かに行われてた気がする。

それに中日友好はいろんな側面があるからね。13億以上の国民全員が又1億人以上の国民が100パーセント友好関係を結ぶことはありえん。ていうかどのような国でもそれはできないでしょう。

もしも、僕が中国農村地に行ったとすれば、日本人アメリカ人国籍関係なく温かく接してくれるよ。それは日本人も中国の人も同じでしょう。政府=中国の人々っていう考え方をもつのはやめよう。まぁ持ってないかもしれないけど。

Posted by: てぶsy at 2010年05月12日 21:09

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