スイマセン、
まだしつこく、この前のU-22の日中戦に関するエントリーでございます。
この試合に関しては武藤さんが冷静な視点で素晴らしいエントリーを書いています。
ぜひ御覧ください。
ほんで、スポナビにも良い記事があったんだけど

完全アウエーでの収穫(1/2)U−22 4カ国トーナメント2007中国・瀋陽
この記事の中で
日中戦争に関して
またウンザリする記述が…
瀋陽はかつて奉天と呼ばれ、日中戦争の発端となった「九・一八事変」(満州事変)が起こった場所であることから、反日感情が強い土地柄。もちろん「君が代」にもブーイングが起こる。
インターネットを通して隠蔽されていた歴史が表立ってきたとは言え、
いまだに大部分の日本人はこんな認識なのか…
スポナビともあろうメディアが…
ガッカリですよ
満州事変から日中戦が始まったなんていうのは中国共産党の強引な言い分です。
満州事変は塘沽協定を持ってして終了しています。
その後の日中戦争とは関係ないです。
その辺の誤解&洗脳はWikipediaの「満州事変」の項目にもしっかり記述されています。
Wikipedia「満州事変」これをもって、いわゆる十五年戦争の始まりとする意見があるが、満州事変自体は塘沽協定(1933年)で終了しており、日中戦争と連続してはいない
日中戦争の始まりは満州事変でもなく
日本の侵略戦争でもありません。
日中戦争は中国側からの挑発行動と一方的な開戦により始まっています。
それは年表を順に追っているだけでもハッキリとわかる事実です。
1937年7月7日 盧溝橋事件塘沽協定での約束を全て破り、日本軍駐屯地の周辺に塹壕を掘り挑発行動を取り続けた中国軍が日本軍に発砲。
1937年7月25日 郎坊事件
日本軍電線修理部隊を機関銃と迫撃砲で一方的に攻撃
日本側に多数の死者1937年7月26日 広安門事件
北京、広安門に日本軍一個大隊が入場途中に門が閉められ分断されたあげくに城壁から発砲される
1937年 7月29日 通州事件
中国軍人による日本人慰留民の虐殺事件が発生。
200人を越える一般人が残忍極まりない方法で殺される。1937 8月13日 第二次上海事変
日本海軍上海特別陸戦隊に対する中国軍による包囲殲滅作戦が宣戦布告もなしに一方的に開始される。
少なくても3つの条約を破り、武装中立地帯にドイツ軍人(ゼークト)指導による本格的な塹壕と2万を越えるトーチカを用意し上海特別陸戦隊の10倍の兵力で開戦するも、日本軍により駆逐される。(最終的には中国軍80万VS日本軍20万の戦いとなり中国軍死者25万、日本軍9千)
中国軍は南京へ敗走、南京事件へ
その後は奥地へ逃げる中国軍、それを追う日本軍という展開で日中戦争は推移
以上のように日中戦争の始まりは中国の執拗な挑発行為と
第二次上海事変での中国軍による一方的な開戦からです。
日本の侵略行動から始まったわけではありません。
朝日新聞は
「中国様の御機嫌と名誉の為に陸戦隊など見殺しにするべきだった!!」
とでも言う気でしょうか。
中国は自分達から仕掛けた戦争でボロ負けしたのを隠したくてしょうがなく
田中上奏文をデッチあげたり「日本が侵略を仕掛けてきたアルよ〜」と世界中にしつこく喧伝して廻ってますが、年表を上から追っていけば誰でもわかる真実です。
朝日新聞や共産党や公明党やNHKや日教組や社民党がなんと言い張ろうが騙されてはいけません。
そして、「日本に侵略された!!」と70年たってもしつこくイチャモンつけてくる中国様は
戦後50年の間に6個の大きな戦争をやっているわけですが
それらは
チベット侵攻チベットは昔からの中国領だったと、中国人民解放軍が一方的に侵攻。
金門島事件
台湾に逃げた国民党が気に入らないと一方的に開戦、2ヶ月で50万発の砲弾を台湾領金門島に打ち込むも上陸は果たせず。
朝鮮動乱
朝鮮からアメリカを追い出そうと100万人規模の中国人民志願兵を派遣
中印国境紛争
曖昧だったインドとの国境線で少しでも領土を広げる為に宣戦布告。アクサイチンを占領。
珍宝島事件
アイグン条約や北京条約などのロシアと結んでいた国境線に関する条約が気に入らないとソ連軍に発砲、武力衝突へ。
中越戦争
ソ連と仲良いベトナムは気にいらないと「懲罰行為」と称しベトナムに侵略。
↑御覧のように全て中国側から開戦した侵略戦争です!!
そして全ての戦争に関して1度たりとも謝罪も賠償もした事がありません。
近代以降、わずか50年の間に東西南北、これだけの侵略戦争を平然と行っている国はありません。
また公海上の係争区域で相手国の了解を得ず天然資源の開発を強行してる国も中国以外ありません。
この侵略大国・中国に対し、日本が見当違いの贖罪意識を持ち、
ODAとして多額の税金を貢つぎ続け、そのせいでアジアの平和がどれだけ乱されているか
少しは現実を見るべきですよ
↑の日中戦争の開戦と上海事変については別宮暖郎氏の
あたりをどうぞ。第二次上海事変の中国軍に関しては同じく別宮氏の
技術戦としての第二次大戦を頑張って読んでみてください。
ついでに、満洲と北方遊牧民と中国についての関係についても
書き殴っておく
かつての清帝国の発祥の地、瀋陽において、
満州事変が遠因となって中国人からU-22日本代表がブーイングを浴びせられ、インチキ試合をさせられたと言うわけだが
世界史的に俯瞰したら、これは本当に馬鹿馬鹿しい奇観としか言いようが無い。
そもそも満洲の事に対して中国が自分達の土地のように主張する事、それ事態がお笑いネタだ。
満洲から生まれた清帝国は中国の帝国のように思われているが、まったくそんな事実はない。清帝国は純然たる満洲人、女真族による帝国だ。
女真族の末裔にブーイングを浴びせられるなら、まだ納得はいくが
中国人が、清帝国発祥の地、かつての奉天で満洲事変を根に持ち、
サッカー日本代表にブーイングを浴びせるなんて
清帝国開祖のホンタイジやヌルハチが聞いたら卒倒している事だろう。
中国人はこの事実を隠し続けようと必死だが、
清朝は中国だけでなくチベット、ウイグル、モンゴル、ジュンガル、タリムまで支配した大帝国で
中国はあくまでも植民地のひとつにしか過ぎなかったのだ。
そもそも中国人が満洲に入る事は20世紀まで禁止されている。
清朝皇帝は満洲人の部族長とモンゴル人のハーンと中国人の皇帝とチベット仏教の最高施主と東トルキスタンのイスラム教徒(回族)の保護者という5つの顔を持っていたのだ。
紫禁城で中国皇帝として振舞っていたのは1年の半分ぐらいで
あとはモンゴルの承徳で移動式のオルドに住み、他の遊牧民の首領達にハーンとして振る舞っていた。
この清を中国人の帝国だったと言い張り、昔は中国領だったとチベットやウイグルや満洲を占領しているなんて、無茶苦茶を通り越して歴史に対する冒涜としかいいようがない。
世界史の年表を見れば10秒で理解できる事だが、彼らが誇る4000年の歴史で
モンゴル・ウイグル・満洲が中国を支配した事はあっても、その逆はないのだ。
っていうか、
わずか100万の満州族に3億人が支配され、下級民族として扱われたうえに、満州族から「俺達と同じ辮髪にしないと殺すぞ」と脅されると、ガクガクブルブルしながら言われるがままに頭を剃っていた中国人・漢民族がどの面さげて満洲は中国の領土だったなどと言えるのだろうか?
そんな理論の為に今でもチベットの人民は抑圧され続けているだ。
こんな中国の無茶振りに、なんの文句も言わず、むしろ贖罪意識を持たされ、多額のODAを貢ぎ続ける愚かさを、なんで左翼系マスコミや外務省や媚中派の連中は理解できないのだろうか?
なんか書いていてだんだん頭にきた
やっぱり来年、重慶でやる東アジア選手権は絶対に行こう。
ちなみに日本で評価の高い北派中国拳法も大部分は、中国少数民族の間で伝えられてきた武術で、
歴史の歯車がちょっとズレていたら中国拳法という括りにはされずに、ウイグル拳法とか回族拳法とか呼ばれていたかもしれないモノばかりです。そして当然の如く戦後は、中国共産党に弾圧されています。
なお、↑の中国と北方遊牧民の関係に興味を持たれた方には
中央ユーラシア草原の民とモンゴルの視点から中国史の再構築
いや、世界史の再構築を続ける孤高の歴史家、岡田英弘の
を強烈にお奨めしておきます。
勉強になりますた。
Posted by: at 2007年08月09日 07:41同じく。
Posted by: at 2007年08月09日 08:40つまり昔から変わってないと
Posted by: at 2007年08月09日 09:10日本が攻撃されたことについて一点だけ気になったのは、今の日本における米軍の基地みたいなもんだったんじゃないのか?ってこと。
それ以外の点は中国どうしようもねぇな
Posted by: _ at 2007年08月09日 09:35それでも満州は中国だったんだよ。そうなるのが中国の凄いところ。
Posted by: at 2007年08月09日 10:25勉強になりますた。ありがとう。
本も時間作って読んでみる。
例えば「満漢全席」(満族と漢族の料理を一堂に会した豪華な料理)みたいに、おぼろげにその区分を残している言葉もあるんだけど、あんまり意識されることもないからねえ。
ちなみにチャイナ服は、もとは女真族の服。
(深いスリットは馬上で邪魔になんないためのもの)
カンボジアをお忘れです。ポルポト派による200万人の虐殺の背後には中国があります。これは中越戦争と絡んできますが。
また、盧溝橋事件の件ですが、7月の朝日新聞朝刊では、未だに性懲りもなく”日本軍の発砲によって開戦された”と出ていました。そういう電波を発信するくらいなら、その発言がしっかりと記録されいる劉少奇謀略説を、一面に載せて欲しいです。
Posted by: at 2007年08月09日 12:0366 U-名無しさん 2007/08/09(木) 01:17:04 ID:IVgI2UAH0
エジムンドが引退を示唆
フルミネンセに勝利したパウメイラスのエジムンドが再び引退について口にした。
36歳になるエジムンドはフルミネンセとの試合がマラカナンスタジアムでの最後の試合になると話している。
エジムンドは「多分、最後になるだろう。やりすぎたこともあったが後悔はない」と感傷的になっているようだった。
おおおUGもベッキー好きなのか。でも漢字が間違ってるよ(暖郎→暖朗)。
ベッキーのサイト(「第1次大戦」)は掲示板の議論が活発なので、興味を持った人は覗いてみるとよいよ。きっと勉強になる。軍事板にスレがあった頃は更に複眼的に勉強できて良かったんだけどね。。
Posted by: at 2007年08月09日 13:37おいUG、新疆自治区での虐殺も、どっちかというと侵略に近いぞ。
勝手に旗立てて「俺たちの国だ!」と宣言した後で、現地民を虐殺して廻ってんだから。東トルキスタンも似たようなもんか。
蒋介石麾下の暴徒と化した中国兵や、ボロージン、ガリン等の指導する共産主義化した国民党兵士によって、同じような日本人襲撃事件が頻発した。佐々木(※佐々木到一。満州守備隊将校)は中国兵の度重なる日本人居留民に対する凶暴な攻撃を座視するに忍びがたく、それを放任して防止しえない蒋介石と国民党に対し、深い怒りと不信の念を深めていった。
一方、当時の日本政府は、このような事態にもかかわらず、絶対平和主義の方針で、平和協調外交と称して中国で問題が起きることを一切さけ、在中国の日本軍に対しては発砲と武力行使を禁じていた。英米などの諸外国の軍隊が、武力行使によって時刻居留民の保護に当たるなかで、日本軍のみは穏忍自重した。日本軍抵抗せずと見た中国兵と棒民は、とくに日本人居留民に対して、排外的で不法なる暴虐をほしいままにした。その動きは全中国に広まり、やがて満州にも飛び火した。満州では、万宝山事件、中村大尉一行の虐殺事件など、中国人兵士や巡警による、在満鮮人や日本人居留民に対する暴行迫害事件が相次いで起きた。こうした状態の昭和6年9月、奉天北方柳条溝付近で、関東軍の猛反発が生じた。
この関東軍の武力発動は、日本政府の当時の平和主義外交の意志に反して決行され、関東軍は、短時間のうちに全満州を制圧してしまった。満州事変がこれである。
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満州事変自体もべつに反日の理由にならない。アイツらは言いがかりをつけること自体が目的で、理由は歴史でも排他的経済水域でも何でもいいんだけどね。
Posted by: at 2007年08月09日 15:28そんなに酷かったか?
古くはシュマッハーの跳び膝に始まり、近年のポルトガル戦の朝鮮人や、イタリア戦の朝鮮人を見慣れたせいか、終了間際の10分間を含めても予想より酷くない。むしろ案外まともな試合になっていると興醒めして見ていた。
リンク先。
>どうやったら、このような選手達を育成できるのだろうか
何も教育しなければ良いだけの話。
中国人はバッグを盗むために腕を切り落とす。
満州事変から日中戦が始まった
って義務教育時代に教科書に載っていたのならば仕方ないのでは?
実際俺の教科書もそうだった。
馬鹿でエロいしアンチジーコだけど
読書量だけは認めるよ
> 義務教育時代に教科書に載っていたのならば
オレは「盧溝橋事件により開戦」と習ったよ。高校だったかもしれないが。
んで満州事変がキッカケとのスポナビ記事を読んで違和感を感じんだけど、特に調べることもしなかった。そのまま この記事読まなかったら、オレの中の歴史(の知識)を改竄されるところだった。
ありがとうUG。
でもUGのが嘘かもしれないから、自分で調べることはやっぱ必須だな。
Posted by: at 2007年08月09日 19:50> 義務教育時代に教科書に載っていたのならば
オレは「盧溝橋事件により開戦」と習ったよ。高校だったかもしれないが。
んで満州事変がキッカケとのスポナビ記事を読んで違和感を感じんだけど、特に調べることもしなかった。そのまま この記事読まなかったら、オレの中の歴史(の知識)を改竄されるところだった。
ありがとうUG。
でもUGのが嘘かもしれないから、自分で調べることはやっぱ必須だな。
Posted by: at 2007年08月09日 19:50私も「盧溝橋事件が発端」と習いました。日本と中国のどちらが発砲したか?については、教科書に説明がありませんでしたが、歴史の先生は、日本軍側は部隊の規模、弾丸の状態からとても発砲できる状態ではなかった、とおっしゃってました。
普通の県立高校で、社会党や日教組が大嫌いな先生でした(でも、うちの高校ではあまり珍しくもなかったですね)。
>満洲から生まれた清帝国は中国の帝国のように思われているが、まったくそんな事実はない。
勉強になります。お勧めの本、早速読んで見ます。
Posted by: at 2007年08月09日 20:26満州事変→張作霖の東北軍閥と背後のソ連を意識した戦争。終局的にはソ連の対日参戦まで
支那事変→国民党とその背後の英米との戦争(さらに国共合作により中共も参加)。終局的には国共内戦を経て国民党の台湾脱出まで
中共が唯一の「正統な」解放者というのはアレだな
まぁ70年も前の事実は確かめようもないからそのことでもめてもあまり良い方向にはいかないと思うが、どっちにしろ決めつけるのは良くないな
書物にしろ教科書にしろ書かれてる内容はころころ変わるし、今言われてることが正しいなんて保証はない
弥生時代がいつだとかほど推測性の強いものではなくても情報操作は十分にありえるし
結局はそういったことで人が命を争うってことが一番悲しいことなんじゃないかなぁ
それに直接関係してない人が直接関係してない人を罵倒するのはなんだかね・・・中国人が悪くないとはいえんけど中国政府のもとに生まれて気の毒とは思う
上に同意。
こっちが100%善であっちが100%悪だ、というのは原理主義だろ。
片方の資料に双方とも踊らされすぎ。
アジアカップ2004中国大会において、ホスト国中国の観客が日本国国歌斉唱時を含め 、サッカー日本代表チームに対して執拗なブーイングを浴びせ続ける暴挙を演じる。
また、決勝で中国と対戦した日本が、快勝しアジア杯を獲得した事に観客が激怒。
日本人サポーターは試合後もスタジアムに閉じこめられ、スタジアム外では観客が暴徒化 。
一部が駐中国日本公使が乗る公用車を襲撃し、これを破壊した。
また1000人ほどの暴徒が日本代表選手の宿舎をとり囲む事態にまで進展する。
国際問題レベルの公使公用車に対するこの不祥事に関し中国政府からの公式な謝罪はなく 、北京市公安局が電話で大使館側に謝罪したのみという不誠実な対応で幕引きを図った。
そうした背景を受けた
落語家歌丸師匠の漢(おとこ)発言。
http://jp.youtube.com/watch?v=r5Qu9WekGmU
実はこれはわたくしが思っていることなんです。
わたくしが思っていることなんです。
スポーツの世界に政治を持ち込んでもいいものなんでしょうか?
公使の車を壊して検挙者が一人も出ない。
こんな、わたくしは、訳のわからない話はないと思っています。
「あの国」にオリンピックをやる資格があるんでしょうか?
あたくしの思いですが、みなさんはどうお思いでしょうか?
歌丸です。
昔のことは知らんが今はどう考えても中国人=悪だろ
Posted by: at 2007年08月10日 00:01すばらしい。立派です。サッカーに通じることは日本を知ることに通じる。もっとサッカーを日本で広めましょう。
Posted by: at 2007年08月10日 10:28所詮、東アジアはまだまだ終わっているということだ。まあ、せいぜい北京オリンピックで恥をかかなかったらいいね、と思う。
Posted by: 通りすがり at 2007年08月10日 13:45そんな中国が嫌で日本に留学って形でにげてきてた娘と付き合ってた経験があるだけにちょっと複雑な心境。
Posted by: at 2007年08月10日 15:51満州事変と通州事件
現代の大部分の日本人は学校で前者しか刷り込まれてないと思う。
いくらインターネットが発達したとはいえメディアリテラシーの問題は
まだまだ情報の受け手がその気にならないと駄目だし。
悲しいかなスポナビ記者の認識が今の日本の常識だよね。
UGさんは知っててあえて波風をたててるんだろうが。
なかなかいい論調だ
UGガンガレ
現地で会社やってる知人がいるんだけど
一般人レベルでは反日っぽいところはまるで無いらしいな。
むしろわざわざ遠くから来てご苦労さん、だとか。
ただし公安・役所・仕事とお上関係は最悪らしい。
住むな・働くな・信じるな、の三か条をいつも言ってるw
旅行以外で関わらん方がいいとさ。
旅行するなら激しくオススメだと。
国の政府が変わっていかないとその国の人々も変わっていかないだろう。双方に言えること。
Posted by: at 2007年08月11日 20:19旅行もお勧めしません。
Posted by: at 2007年08月12日 00:29旅行も全くお勧めしません。
Posted by: at 2007年08月12日 00:30勉強になります。
中国が一層嫌いになりました。
まあどっちの価値観も偏ってるわな。
どっちみち客観的な歴史観なんてありえないなら自分の国に肩入れした方がマシだな。
UGたんには、知らないことを
知らしめてくれたことに感謝します。
実際多くの人が、いまだ
「日本は中国に戦争をしかけた国、
侵略をしかけた国」と思っているでしょうから。
日本人の性根からすれば、
「どれが正しい」をはっきりさせることは大切な御旗であると思います。自分もその御旗を大切に思うものです。
ただ、それに拘っていても先にすすめることでもなく、先に書き込みされていた方の、
-引用--
結局はそういったことで人が命を争うってこと」が一番悲しいことなんじゃないかなぁ
-引用終--
この言葉が現実解として、ベターであると思います。
これを声高に言える政治家がいないのが日本の悲劇だな
Posted by: at 2007年08月14日 17:10満州事変が開戦の契機なんて習ってないような。俺も盧溝橋だったかな?
ま、どんだけ手を尽くしても2軍の日本に勝てない中国プラチナ世代ワロス
中国人がキレてるのは、結局、蒋介石が日本が戦争を仕掛ける羽目になったのも、列強が租界とか作って、そこの居留民を守るとかいって、どんどん軍隊を送り込んできたりしたことに対して、(当時の国際法では何の問題もなくても)、そういう行為自体が侵略だと、感情的に思い込んじゃってるからだろ?
感情面で「侵略された」と思ってる限り、「どっちが先に仕掛けた」とかの細かい話をしても、ほとんど無意味だと思うね。外交交渉では、そういう話に持ち込まれると、双方に言い分があって埒が開かなくなるから、冷静に国際法の話だけをすべきだけど。
当時は食うか食われるかの時代だったから、日本がやらなきゃやられてたというのも確かかもしれないが、石橋湛山みたく、植民地は完全持ち出しであまり意味がない、てな意見もあったわけで、日本は戦争を仕掛けられた側だから、まったく悪くないと言い張るのは、さすがにムリだろう。それを上のほうの人間が公式の場で口にするかしないかは、また別問題だが。
Posted by: デコ at 2007年08月18日 18:12まあ、蘆溝橋にしても、上海事変にしても、直接的なきっかけは中国側にあったとしても、日本側が事態の収束に熱心でなかったのだから、侵略と言われてもしょうがない。
日本側に領土的野心が全くなかったなら、満州事変やシナ事変なんて起こるはずがないんだよ。とっとと手打ちして終わってる。ついでに言えば、ここでは省かれている第一次上海事変のきっかけとなった日本人僧侶殺害事件は、日本人による自作自演だから。日本人がシナ人に金渡して日本人殺させて、それで日本人が騷いで起こったのが第一次上海事変。第二次上海事変は第一次上海事変を抑えておかないと流れが読めない。
Posted by: at 2007年08月19日 13:00↑では、イギリスやドイツが当時中国大陸にいたのは?
本国からの距離的に言ってものすごい侵略ですね。
>日本側に領土的野心が全くなかったなら、満州事変やシナ事変なんて起こるはずがないんだよ。
満洲に野心はあったが、華北に日本が侵略的野心があった事なんて1度もないだろう。
Posted by: at 2007年08月19日 20:10>イギリスやドイツが当時中国大陸にいたのは?
国民党相手に戦争してないし。
>満洲に野心はあったが、
それで十分じゃん。華北に野心がなくても、中華民国相手に戦争しなければ達成できない領土的野心なんて、十分問題だろうと思うが。
結局蒋介石にいいように踊らされたってことを認めたくないのかね。
Posted by: at 2007年08月19日 21:34↑そうか、アヘン戦争は侵略じゃないんだね。
それに、満州は中国(漢民族)の領土じゃなかったと言ってるじゃん。
↑話の通じないアフォだな。
だったらイギリスも日本も同罪なだけ。
あと、中国がどういう対応するかは中国次第だし。
満州が中国領でなかったとしても、どう考えても日本側に国民党と大戦争おっぱじめる合理的理由はないしね。
Posted by: at 2007年08月20日 03:49>>満洲に野心はあったが、
>それで十分じゃん。
満洲利権は中国との戦争じゃなくて日露戦争の結果、日本が得た利権ってのを理解しているか?
Posted by: at 2007年08月20日 19:23>日露戦争の結果
鉄道の権利得ただけで随分強気になれるな。
>鉄道の権利得ただけで随分強気になれるな。
鉄道利権だけとは当時の環境を理解してない言葉だと思います。満洲においての鉄道は都市計画の一環であり、唯一の輸送路であり、兵員を運ぶ動員手段であり、満洲鉄道は国家そのものです。国家があって鉄道があったわけではありません。鉄道があったからこそ国家だったのです。
それと、蒋介石、国民党は北伐の最中にイギリスが利権をもっていた鉄道を強制的に接収しています。日本がそれに危機感を持たないはずがありません。
と、いっても北伐当時は幣原外相による協調外交路線の元、同盟国だったイギリスからの一緒に蒋介石をブッ潰そうという誘いを断り、それが遠因の一つとなって日英同盟破棄に至ります。これも日本が満鉄を守りたいだけで中国に侵略の意思が希薄だった証左にもなりましょうか。
Posted by: at 2007年08月21日 22:02上の上の人は当時の実情が汲み取れないままずーっと吠えているようですが、
イギリスなんざ侵略を罪ともなんとも思ってないですよ。植民地からのぶん取り品を博物館に悠然と展示しているような国ですよ。
だから日本が許されるてことではないですよ。
あくまで当時はそれが国際的に是認されてたし、それなりのルールもあったんですから。
まあ、今でも侵略が当たり前と思っている国もあるわけですけど。
ロシアに北海道を、中国に沖縄をかっさらわれてたかも知れないとなぜ考えられないのでしょうか。
中国は大国の割りに他の国に攻め込むとかほとんどないよ。欧米列強に比べるとおとなしいもんだ
Posted by: at 2007年10月13日 15:47中国と戦争すればいいじゃん!!日本って人の悪いところばっかりを書き込んで、一方的に〜〜〜本当に変わった民族だね!!
Posted by: at 2007年12月26日 00:09
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