
ブルース・リー遺作にあの伝説の蹴球任侠が!!??
永遠のカンフースター、ブルース・リー生誕65周年を記念し、版権元のゴールデンハーベスト社が遺作『死亡遊戯』の再編集デジタルリマスター版を作成していたところ、 あのフランス人蹴球任客と思わしき人物が映っている公開未収録のテープが発見されたと香港有力誌が報道した。
映画「死亡遊戯」といえば撮影中にブルース・リーが死亡し未完になっていた作品であるが、リーの死から5年後、リーが映っているわずか15分の映像を元に、脚本を大幅に書き換え、代役による追撮と他作品のカットを加えて完成させた伝説の作品。
そのリー死後の追撮では、複数の代役スタントマンが使われ、その中には後のユン・ピョウがいた事で有名だが、ゴールデンハーベスト社の倉庫に残されていたフィルムには、リーを演じる複数の代役の中に、どこからどう見てもリーの師弟で、後にサッカー選手としても活躍した エリック”THE KING”漢斗那が飛び蹴りの代役をやっているシーンが残されていたのだ。
地元香港のTV局が放送した映像を確認すると、見事な飛び蹴りを決めているのは確かにあの男。
「その男が代役のシーンで見せた飛び蹴りは本当に鮮やかだったんで今でもよく覚えておるよ。 ただ、残念ながら、せっかく見事な飛び蹴りを見せてくれたんじゃが、リーと体格があまりに違う為に 映画的にはNGだっんたじゃがの〜」
本誌特派員の取材に撮影当時のスタッフはこう答えた。
この件に関して漢斗那はいつものようにノーコメントを通しているが
「カンフー修行時代の事は話せない。映画出演の件もノーコメントだ。 ただ、一緒に苦しい修行時代を過ごした、尊敬するリー師兄の飛び蹴りの代役を演じられるのは、世界で俺しか居ないね、とだけは言っておこう」
と言い残し、ニヤリと笑いながら取材陣を煙に巻いた。
レキップ誌
先日のフランス・レキップ誌の、この報道を漢斗那大好きEXFAが大胆にフューチャー
リーの出世作”FIST OF FURY”邦題=ドラゴン怒りの鉄拳に対抗してプレミアリーグで1回だけプレミア公開された漢斗那主演作”FOOT OF FURY”邦題=カントナ怒りのカンフーキックとブルースリーの遺作、”GAME OF DATH”邦題=死亡遊戯をMIX。
さらに、それを
”カントナに出演依頼をしたがダメだった。ストーリ上、最後にユマ・サーマンに斬られるのがどうしても嫌だったらしい。 粘り強く交渉したのだが、最後に勝つのが自分じゃないと絶対に出演しない!!と断られてしまった。カントナが出ていればもっと良い映画になったのに”
とタランティーノ監督を未だに悔しがらせているという、映画「キル・ビ○」風にまとめた
ブルースリー”GAME OF DEATH ”
漢斗那”FOOT OF FURY”
タランティーノ”KILL ○ILL”
の豪華コラボレーション作品が2パターン同時発売!!!
ブルースリーとカントナへの憧れを捨てる事のできない馬鹿な大人が、また馬鹿な作品を作りましたとさ(笑)
というわけで本当に作ってしまいました。

EXFAで2パターン予約受付開始してますんで夜露死苦。
予約させていただきました。
3週間かー
気長に待ちます。
やられた
ここまで壮大な嘘つかれると気持ち良い
あー今回は欲しいかも
Posted by: at 2005年06月28日 10:28カンフーキックマークがエアジョーダンのエンブレムを髣髴とさせますね
Posted by: at 2005年06月28日 18:27これ結構細身のボディーですよね。
モデルの人が着てるのはサイズ何なの?
サイズ迷ってるうちに売り切れたら泣けるけど。
どうも、モデルの人です。
撮影で着てるサイズはLサイズです。
ちなみに私、身長は177cm、体重73kgくらい(のハズ)です。
サンクスコ
Posted by: jammin at 2005年06月28日 20:58magnificent seven
ってのが泣かせるね
ring ring seven a. m.
magnificent seven
ってマンUの歴代7番つけていた
奴等の称号だろ
へー。ためになった。
おれもクラッシュでしか知らんし、
意味も知らんかった。
あ、元の意味は「荒野の7人」なのね・・・
Posted by: at 2005年06月29日 09:48magnificent”7”ポスター
Posted by: at 2005年06月29日 10:57関係ないけど、本八幡のジャガーカフェでライブやった事がある俺
Posted by: at 2005年06月29日 21:34↑は地味に面白いなw
ジャガーカフェって今は無くなってるんでしょ?
滝川二高・森島がC大阪の練習に参加
モリシ2世キマスタ
Posted by: at 2005年06月30日 15:38ジャガーカフェってもう無いのか。俺がライブやったのは80年代の話。
雑誌「宝島」で採り上げられてごく一部に人気だった、
第一期ジャガーブームの頃。
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